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電波監理委員会・民放予備免許とは?・・・その1

今回は放送関連の歴史的な話題を!


新しい放送体制のレールづくりに大きな役割を果たしたのが、電波監理委員会だったそうです。

アメリカのFCC(連邦通信委員会)に範をとった行政委員会であり、政府から独立して電波・放送行政を担当する"自治機関"です。

七人の委員で構成され、初代委員長に元逓信次官の富安謙次が任命されました。

同委員会は直ちに民放開設のための作業に入り、五〇年一二月二日に免許審査の"物差し"を定める「放送局の開設の根本的基準」を発表(同月五日公布・施行)、同時にその間各地で民放申請者の聴聞を行い、五一年四月二一日、全国一四地区の一六社に初の民放予備免許を与えました。

電波監理委員会・民放予備免許とは?・・・その2

委員会が発足してから一年に満たない間に行われた作業と成果です。

民放開設の機が熟し、政策遂行の環境が整っていたとはいえ、精力的な活動といえます。

委員会はこの後も五二年七月にテレビ予備免許を行い、テレビ放送の実現に大きな役割を果たすなど、日本の放送史上に輝かしい足跡を残しましたが、活動期間わずか二年ニカ月で歴史から姿を消しました。

政府から独立した行政委員会としての同委員会の存在が、放送を政府の統制下に置き、行政責任の所在を明確にしたいとする政府(吉田内閣)の考え方とは相容れぬものだったからでした。

五二年七月三一日、後述するように日本テレビ放送網へのテレビ予備免許の交付を置土産に、委員会は解散し、電波・放送行政は翌八月一日から郵政省に移管されました。

ラジオとテレビの歴史・・・その1

特需景気(一九五〇~五一年)を境に、生活水準は戦前レベルを回復しました。

五一年、平和条約調印。

人びとは生活の安定と心のゆとりをとり戻し、文化への渇望を高めます。

新生民放ラジオは歓迎され、開局初年度から黒字の局が相次ぐ好調な滑り出しをみせました。

一方NHKも、夜のGH(ゴールデンアワー)帯に強力な娯楽番組を並べて民放に対抗、多くの人気番組を生み出しました。

両者の激しい競争はラジオの人気アップに拍車をかけ、本期後半にはGH帯平均で四〇%を超える高聴取率をあげ(関東地区、NHK・民放合計)、茶の間を独占しました。

ラジオとテレビの歴史・・・その2

五四年一二月末の民放ラジオ運用社数は三九社(中波三入、短波一)を数えるに至ります。

民放ラジオが誕生した翌々年の五三年にテレビ放送がスタート、街頭テレビの前には大群衆が押し寄せ、小さな画面の中のプロレス中継に熱狂しました。

NHKのテレビ放送は受信契約数八六六で始まりました。

初の民放予備免許を得た一六社のうち、中部日本放送と新日本放送(現毎日放送)が一九五一年九月一日、先陣を切って開局、続いて一一月に朝日放送、一二月にラジオ九州(現RKB毎日放送)、京都放送(現近畿放送)、ラジオ東京(現東京放送)が相次ぎ開局、同年中に六社、翌五二年中に一二社が開局し、民放ラジオは全国にひろがっていきました。

ラジオとテレビの歴史・・・その3

東京では、五二年三月に日本文化放送協会(現文化放送)が、五四年七月にニッポン放送が開局し、中波三局体制が整いました。

各社の経営は、立地条件の違いにより多少の差はあったが、全体としてはきわめて好調な滑り出しをみせた。

とくに比較的大都市圏に多く開局した先発局は、開局初年度黒字決算という好調ぶりでした。

ラジオ東京の場合、開局時一日三時間のAタイムに二倍以上のスポンサーがつき、そのため一部はB・Cタイムに回ってもらったりして、一日七時間二六分のタイムセールスとなりました。

五一年に総額三億円だったラジオ広告費は、五二年には二二億円となり、早くも雑誌広告費(一八億円)を上回ったそうです。

「すぐ消える電波の広告に効果があるとは思えない」「二、三年は赤字が続くのでは」といった当初の予想(広告主のみならず当のラジオ関係者の多くに共通するものだった)は、見事にはずれました。

ラジオ広告費は、五三年四五億円、五四年七四億円と順調に拡大していきました。

ラジオの歴史・・・その1

こうした好調な滑り出しは、五〇年六月に勃発した朝鮮戦争による特需景気という経済環境の好転、それまでの並4球受信機に比べ数段感度のすぐれたスーパー受信機の普及などの好条件に恵まれた面はあるにせよ、庶民感覚に満ちた娯楽番組、地元に密着した情報番組、在野ジャーナリズム精神に立ったニュース報道番組等々が、聴取者に好感をもって迎えられたことが大きく影響しています。

それらはいずれも、それまでのNHKには希薄なものでした。

民放ラジオ各社の初期の番組編成の特徴は、NHKと正面から対抗したオールラウンド志向でした。

ラジオの歴史・・・その2

夜のゴールデンアワーを中心に、ドラマ、クイズ、演芸、歌謡曲など大衆的な娯楽番組が集中的に編成される一方、ニュースや時事解説の比重を大きくし、スポーツ中継や劇場中継など中継ものも盛んに放送されました。

一方NHKでも、民放ラジオの登場に対応して、午後七~九時台に「とんち教室」はじめ強力な娯楽番組をそろえ、大衆化路線を拡充していきました。

そうした娯楽番組の中から「君の名は」などの人気番組が、数多く生まれました。

民放ラジオとNHKラジオの競争は、結果的にはラジオ聴取の日常化を促し、ラジオは茶の間の娯楽の王座を占めるに至ったといいます。

民放ラジオは五四年一二月までに、中波三八、短波一(日本短波放送)の計三九社が開局しました。

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