完全主義を放棄する 3


だれ一人として、何一つとして、前と同じ、というものはない。


そのほんのちょっとした違い、以前とはちょっと違う、今日だけの味わいを見つけたら喜んでかみしめよう。


それは今日という日をていねいに過ごせた自分へのご褒美だから。


・・・こんなふうに過ごせた日地に地が終わるころ、わたしはとても豊かになっている。


新鮮味いっぱいの豊かさで満たされている・・・。


今日、一日を通して次のことを心の中で唱えましょう。


「いつものわたしの反応の奥には自分の心の静けさがある。この世界の混沌の奥には神の大いなる安らぎがある」。

完全主義を放棄する 2

だれからも、どこからも批判を受けないような、間違いのない完璧な一日というのは実現不可能です。


そんなものを期待して生きているとしたら、それはゴール設定を誤っているといわざるを得ません。


わたしたちはただ、心安らかに暮らすことを目標とすることで、その静かな心から得たものを見たり聞いたり話したりすることが出来るだけなのです。


たとえばこんなふうに生きることは出来ないものでしょうか?


物事に対して断定的な見方を捨て、初めから結果を決めつけずに関心を寄せてみる。


自分の本質は一貫して変わらず、目の前の事柄は変わり行く一時的な現象だと解釈する。


そしてこんなふうに過ごしてみたら・・・。


今日一日、やわらかなまなざしで過ごしてみよう。


今日一日、今まで体験したことがないように目でふれるものにソフトに接してみよう。


今日という日が生まれて初めての一日だと繰り返し思い出そう。


今日、今、ここ。


この電話、この人ごみ、この空気、この感覚はすべて生まれてから一度も経験したことのないものばかり・・・。


わかっている、知っているつもりをやめ、予断を捨てて向き合おう。

完全主義を放棄する

人生の一日をくぐりぬけることを宇宙船の旅になぞらえてみましょう。


目の前を通り過ぎる大小の星雲群は宇宙船をひきつける力を持っていて、その都度、軌道修正を余儀なくされます。


予定のコースをはずれることの、なんとたやすいことか。


しかし、むやみにあっちこっちへ行きこっちへ戻りと、外部の狂った雑言に感化されてふらふらするのと、あらかじめ自分の奥深くに定めたコーヅから時々はずれるのとではまったく違います。


もし、今日一日の言動を誰か識者が見ていたなら、きっともっと良い過ごし方があると指摘されるに違いありません。


じゃあ、それならともう一度、仮に同じ日を別なやり方で過ごしたとしても、今度はそれとはまた別の指摘を受けるに違いないでしょう。


では、何もしないでいいかというと、何もしないではどこにも幸せをもたらすことが出来ません。


完璧さと結果はまったく別のものなのです。

ポピーの話 4

ほとんどの人が知っている通り、ダウン症はきわめて無害なものです。


伝染することもありませんし、暴力的な傾向もまったくありません。


みんな非常におとなしく一般の人に比べて楽しそうに生きている人ばかりです。


小さな子供などは明らかに彼らと遊びたがっていましたが、まわりの大人たちはそれを止め、そればかりかダウン症の人たちの目を避けるようにしていました。


ポピーはいたってにぎやかな彼らと思いっきり遊びました。


その後わたしたちはマリンパークや海辺など、そんな公園よりもかなり立派な観光地をいくつも訪れましたが、どこに出かけてもポピーはわたしにこう言うのです。


「ねえ、いつまたあの面白い人たちと遊べるの?」

ポピーの話 3

弁護士が雇われ、母親がいくらかの支払をされて、ポピーは養子としてもらわれました。


しかし、ポピーからしてみれば、ある孤独から別な孤独に移っただけ。


もちろん、本人はそんなこと知りません。


もともと孤独だったわけですから・・・。


ある日、わたしはポピーを連れて遊びにいくことにしました。


その頃の彼は5歳半になっており、ちゃんと言葉もしゃべれるようになっていました。


滑り台やブランコのある公園に連れていったところ、ポピーは大きな砂場を発見し、そこに駆け寄っていきました。


砂場に近づくにしたがい、子供たちが遊んでいると思っていたのが、実はダウン症の大人のグループだということに気づきました。


きっと近くの施設から遠足に来ていたのでしょう。


彼らはかなり深刻な症状を見せていました。


ダウン症ならではの顔の表情と、どもりに加え、ヨダレや鼻水が垂れっぱなしの人もいます。


公園の近所は高級住宅地で、ほかの親たちはみんな自分の子供を近づけないようにしていました。

ポピーの話 2

ポピーのためにお父さんとお母さんはシェパード犬の子犬を手に入れたのですが、子犬を彼と一緒に2階の部屋に置いて行き、家政婦に犬の後始末を任せるのが一番楽だと気づいたのです。


2階にいても、ポピーにはお母さんがお父さんにどなりつけられているのが聞こえました。


いつも忍び足で階段を下り、「喧嘩を見ていた」と後になって言葉が話せるようになった彼は教えてくれました。


「お母さんはどなられて当然だったと思う」と言う彼。


お母さんだって、ポピーと口をきけばいつもどなりつけていたことをわたしも知っていたので、彼がそう言うのも仕方ないと思いました。


もともとポピーが家族の一員となったいきさつも非常に変わっていたのです。


ある日、油田の一つから少し離れたところに一軒の小屋が建っているのを見つけた父親が、その小屋の戸を開けると床に寝ころんだまま自分の排泄物にまみれて遊んでいた10か月ばかりの赤ん坊がいたのです。


そのことを役所に知らせると、赤ん坊が近くにいた売春婦の子だということが判明しました。


彼女は生まれたての赤ん坊をそこに隠し、食べ物と水だけを毎日運んで、ほったらかしにしていたのです。

ポピーの話

ポピーという少年がいました。


わたしが出会った頃の彼は4歳で、1年前に舌の手術を受けたばかり。


その目は知性に溢れて輝いていましたが、まだ言葉を話すことができず、1歳児の言語能力しか持ち合わせていませんでした。


まるで音楽を奏でるように音を発していましたが、意味をなしません。


両親は2人共仕事のことばかりを考え、ポピーは毎日、2階の部屋に置き去りにされていました。


おもちゃはたくさん与えられたものの、ほかの人間と接触する機会はまったくなかったのです。


ところが、ポピーが小学校に入る年齢に近づき、急に両親は自分たちの子供が"普通"でないことを心配しだしたのです。


お父さんは石油を求めてボーリングすることを仕事としており、何日も眠らずに仕事を続けることがよくありました。


そのため、家に戻っても2日3日と眠ってしまうことが多く、目が覚めると妻をどなりつけ、仕事に戻るのでした。


「ポピーは正常か?」という質問に対し、わたしはスピリチュアルな見地から答えました。


ほかの子供と同じようによく遊び、よく笑うことを指摘し、飼い犬との深い友情を特に取り上げました。


海外で注意すべき昆虫 9

今回もダニの続きです。


幼虫は1年のうちある季節にだけ活動して病気を媒介します。


この病気に感染しやすい場所は、一度開こんされ、農耕されたが、後になって放置されてしまったような所です。


熱帯地方に多い皮ふに起こるカイセン(ヒゼン)はある種のMitesが皮ふにもぐり込み、雌が産みつけた卵から出た幼いダニが、成熟してまた新しい穴をつくります。


かゆいものです。


人と人との接触または、衣類・寝具などからうつります。


人に付くヒゼンダニの他に、イヌ、ラクダ・ヒツジ・ウシ、ウマ、ネコのダニも人に付きますが、通常4~6週間位で自然に治るものが多いようです。

海外で注意すべき昆虫 8

ダニ類で起こる伝染病があると思われる地域で、上述のような場所に入ってキャンプでもしようとする場合は、羊毛のシャツや、明るい色の毛布の切れはしを長い棒の先に旗のようにくくりつけ、草の上をゆっくりと引きずり回し、2~3分ごとに布を調べます。


ダニがいれば、小さい、ゆっくりと動く粒として肉眼で見えます。


通常ダニは、ある特定の場所だけにいるものです。


軟らかいダニ類には回帰熱を媒介するものがあり、このダニのいる地域ではどこでも回帰熱があるようです。


この種のダニは、人家では、ナンキン虫と同じようにすき間に入っていて、夜間にだけ出て来ます。_


般に、家畜小屋・簡易便所、小さいオアシス、洞くつなどにすみついており、またキャラバンの通るキャンプ場も危険です。


小さいMitesで媒介されるものに、ある種の発疹チフスがあります。


このダニの成虫は、土の中に住んでおり、幼虫がアレルギー反応を起こします。


2種類のダニの幼虫が、日本、マラヤ、スマトラ、オーストラリア・フィリピンや他のアジアの国で慈虫病(つつが虫病)を、野ネズミ類から人に媒介します。

夢とは何か

夢は、睡眠中の一番大きな出来事です。


そうしてそれは、原始人と等しく20世紀のわたしたちにとっても不可思議な出来事といわざるを得ません。


まことに夢こそは眠りそのものよりもかえって古くから人類の興味と関心のまとでした。


・・・たとえばフレイザーやタイラーなどの人類学者の報告を読むと、原始人は、古代の夢解釈睡眠中には人間の魂はその人の肉体を離れて勝手に歩きまわり、その経過が夢となって現われるのだ、と考えていたといいます。


南米ギアナの土人は、わたしたちが朝起きるとからだがいたいのは、魂が夜の間に歩きまわって疲れるからだと云っています。


また、ルーマニアの古い言い伝えにも、フランスベッドで子供が口を開いて眠ると魂が逃げ出す、というのがあります。


中国や日本にも霊魂が夜の間に人間を離れるという伝説はたくさんありますね。


夢が吉凶を告げ知らせる一種の占いになるという思想はこれから生まれました。


紀元前2000年ごろのエジプトの古文書をさぐると、いろいろの夢判断の図が描かれてあります。


それによると、たとえば・・・


自分自身汝の敵は死んだ (吉)

月が輝く神がゆるしたまう (吉)

窓からのぞく神が望みを叶える (吉)

自分の尿を飲む息子が養ってくれる (吉)

神はなんじの非行を知る (凶)


・・・などとされています。